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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24753号 判決 1999年6月30日

原告

株式会社太田製作所

右代表者代表取締役

小原敏夫

右訴訟代理人弁護士

吉田暉尚

大森八十香

野島潤一

橘髙郁文

右補佐人弁理士

澤木誠一

被告

スガツネ工業株式会社

右代表者代表取締役

管佐原博

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

櫻井彰人

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、別紙物件目録一ないし八記載の物件及び別紙物件目録九ないし一五記載の物件を製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。

二  被告は、その占有する前項記載の物件を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金一億〇一〇四万六〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明」という。)を有する。

登録番号 特許第一七二九九三五号

発明の名称 スライド蝶番

出願日 昭和六〇年一一月二八日

公告日 平成四年三月二五日

登録日 平成五年一月二九日

特許請求の範囲第1項

「家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを、2個のリンクにより連結し、外リンクのカム頭部を弾圧する作動ばねを備えたスライド蝶番において、扉の開放位置における、外リンク3の押えカム12のカム頭14の中心の位置143と、外リンク3のカップ軸9の回帰位置92における、外リンク3の押えカム12のカム頭14の中心の位置142と、を特定し、作動ばねの作動端13の外側が、該特定位置143、142における両押えカム頭部14の共通切線16と重なるごとくに、作動ばね5のばね保持軸15の位置を定めて、該ばね5を装着したこと、を特徴とするスライド蝶番。」

2  本件発明の構成要件(以下「構成要件A」などという。)は次のとおりに分説することができる。

A 家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを、2個のりンクにより連結し、外リンクのカム頭部を弾圧する作動ばねを備えたスライド蝶番において、

B 扉の開放位置における、外リンク3の押えカム12のカム頭14の中心の位置143と、外リンク3のカップ軸9の回帰位置92における、外リンク3の押えカム12のカム頭14の中心の位置142とを、特定し、

C 作動ばねの作動端13の外側が、該特定位置143、142における両押えカム頭部14の共通切線16と重なるごとくに、作動ばね5のばね保持軸15の位置を定めて、該ばね5を装着した

D ことを特徴とするスライド蝶番

3(一)  被告は、平成四年三月二六日から、別紙物件目録一ないし八(以下「イ号目録」という。)記載のスライド蝶番(以下「イ号物件」という。)及び別紙物件目録九ないし一五(以下「ロ号目録」という。)記載のスライド蝶番(以下「ロ号物件」といい、イ号物件とロ号物件を合わせて「被告物件」という。)を業として製造し、販売し、又は販売のために展示している。

(二)  被告による被告物件の販売数量及び売上高は、次のとおりである。

(1) 平成四年三月二六日から平成五年一一月三〇日までの間

① イ号物件

販売数量 四二万二二三五個

売上高 七五二八万五二六八円

② ロ号物件

販売数量 二五九万四二六一個

売上高 二億五九〇〇万一〇八四円

(2) 平成五年一二月一日から

平成一〇年一月三一日までの間

① イ号物件

販売数量 五三万七二二二個

売上高 九六七七万三六二四円

② ロ号物件

販売数量 一一七八万七六三九円

売上高一二億〇四八五万三九六五円

4  被告物件は、本件発明の構成要件Aを充足する。

二  本件は、原告が被告に対し、被告の製造販売する被告物件が本件発明の技術的範囲に属するのでその製造販売及び販売のための展示が本件特許権の侵害となると主張して、被告物件の製造販売等の差止め及びその廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めた事案である。

第三  争点及びこれに関する当事者の主張

一  被告物件は、本件発明の技術的範囲に属するかどうか

1  原告の主張

(一) 本件発明の目的及び作用効果について

家具本体に取り付ける取付アームと扉に埋め込んで取り付けるカップが二つのリンクによって連結されているスライド蝶番は、一般に、扉が開いていく過程で、外リンクのカップ軸9が閉鎖位置から回動して扉が開き切る少し手前で回帰位置に達し、その後それまでとは逆に回動して開放位置に至るという動き方をする。

そのため、従来のスライド蝶番では、扉が回帰位置を過ぎると、作動ばねの弾発力により扉が開放位置に向かって自動的に跳開し、隣接した家具や壁を傷つけるという欠点があった。

本件発明は、製造の手間やコストを増加させずに右欠点を改善することを目的とするものであり、右のような扉の跳開を防止するため、外リンク3のカップ軸9が回帰運動をする間はばねの効き方、即ち作動ばね5の力が最小になるようにばねを装着したものである。本件発明のスライド蝶番は、扉7が回帰位置を過ぎた位置で手を離しても、作動ばね5の作動端13がほとんど動くことがなく、扉7を跳開させる作動ばね5の力が僅かしか掛からないから、扉が開放位置まで自動的に跳開しないという作用効果を有している。

イ号物件は、回帰位置から開放位置の間で作動ばね5の作動端13はその動きを停止しており(イ号目録の構造の説明6)、扉は跳開せず、本件発明と同一の目的及び作用効果を有している。また、ロ号物件は、回帰位置から開放位置の間で作動ばね5の作動端13は僅か約0.15ミリメートル偏倚する(ロ号目録の構造の説明6)のみであり、扉は隣接する家具や壁を傷つけるほどに跳開することはなく、本件発明と同一の目的及び作用効果を有している。

(二) 構成要件Bについて

(1) 本件発明においては、カム頭部の形状は「一つの中心を有する真円の一部」であっても「複数の真円の一部が組み合わされた弧状部分」であってもよく、「一つの中心を有する真円の一部(円弧)」に限定されるものではない。

(2) 構成要件Bの「扉の開放位置における、外リンク3の押えカム12のカム頭14の中心の位置143」とは、扉7の全開位置93(開放位置)に対応するカム頭部14の位置を意味し、「外リンク3のカップ軸9の回帰位置92における、外リンク3の押えカム12のカム頭14の中心の位置142」とは、扉7の回帰位置92に対応するカム頭部14の位置を意味するものと解釈される。また、「カム頭14の中心の位置143と、…142とを、特定し」とは、カム頭部14全体の位置の移動を「カム頭部の中心の位置」の移動としてとらえ、カム頭部14が扉の開放位置93に対応する位置にあること及び回帰位置92に対応する位置にあることを判定するということを意味するものと解釈される。

(3) イ号物件は、扉の開閉に伴う外リンク3の回転運動により、カム頭部14が外リンク3のアーム軸8を中心として円運動をした場合、回帰位置(第3図)と開放位置(第4図)の間において、作動ばね5の作動端13と接するカム12のカム頭部14の先端側外周縁上の全ての点は、アーム軸8を中心とする曲率(半径)約6.7ミリメートルの円弧上にある(イ号目録の構造の説明5)が、扉の回帰位置と開放位置とではカム頭部14の位置が時計方向にずれている(イ号目録第5図、第6図の2)ことから、イ号目録第3図に示すカム頭部14の位置が回帰位置92に対応し、同第4図に示すカム頭部14の位置が開放位置93に対応するものと把握することができる。このように、イ号物件においては、カム頭部14が回帰位置に対応する位置にあること及び開放位置に対応する位置にあることをカム頭部14全体の形状の右のような時計方向のずれにより一義的に判定することができる。

したがって、イ号物件は構成要件Bを充足する。

(4) ロ号物件は、扉の開閉に伴う外リンク3の回転運動により、カム頭部14が外リンク3のアーム軸8を中心として円運動をした場合、回帰位置(第3図)及び開放位置(第4図)の間では、作動ばね5の作動端13と当接するカム12のカム頭部14の先端側外周縁の全ての点は、その中心がロ号目録第6図の2に示すように点P1からP2まで上方向に移動する曲率半径約9.0ミリメートルの円弧上にある(ロ号目録の構造の説明5)が、扉の回帰位置と開放位置とではカム頭部14の位置が左から右の方向にずれている(ロ号目録第5図、第6図の2)ことから、ロ号目録第3図に示すカム頭部14の位置が回帰位置92に対応し、同第4図に示すカム頭部14の位置が開放位置93に対応するものと把握することができる。このように、ロ号物件においては、カム頭部14が回帰位置に対応する位置にあること及び開放位置に対応する位置にあることをカム頭部14全体の形状の右のようなずれにより一義的に判定することができる。

したがって、ロ号物件は構成要件Bを充足する。

(三) 構成要件Cについて

(1) 構成要件Cの「共通切線16」とは、カム頭部14の中心が143の位置にある場合と、カム頭部14の中心が142の位置にある場合のそれぞれのカム頭部14に、作動ばね5の作動端13の外側が接する場合に形成される切線のうち互いに共通する切線を意味するものと解釈される。また、「共通切線16と重なるごとくに、作動ばね5のばね保持軸15の位置を定め」とは、共通切線に完全に重なる場合のみならず、完全ではないが共通切線に近い切線に作動ばね5の作動端13の外側を重ねる場合をも含むものと解釈される。

(2) イ号物件は、カム頭部14の回帰位置における作動ばね5の作動端13との接点は、開放位置における接点と一点で重なっている(イ号目録の構造の説明6)。このことは、開放位置におけるカム頭部14に接する作動ばね5の作動端13が、回帰位置におけるカム頭部14にもそのまま接することを意味し、開放位置での作動ばねの作動端が形成する切線と、回帰位置での作動端が形成する切線とが共通となることを示している(イ号目録第3図ないし第6図)。

したがって、イ号物件は構成要件Cを充足する。

(3) ロ号物件においては、開放位置におけるカム頭部14に接する作動ばね5の作動端13が形成する切線は、回帰位置におけるカム頭部14に接する作動ばね5の作動端13が形成する切線に対しアーム軸8寄りに約0.15ミリメートル偏倚している(ロ号目録の構造の説明6、第6図の2)。このことは、ロ号物件では、作動ばね5の作動端13の外側は、開放位置におけるカム頭部14に接する切線と回帰位置におけるカム頭部14に接する切線に共通な切線に接する位置にあるのではなく、右それぞれの切線に接する位置にあることを意味する。

しかしながら、右二つの切線間の距離は、わずか約0.15ミリメートルと小さく、また、この程度の移動では扉は跳開せず、本件発明と同一の作用効果を奏することになるから、作動ばね5の作動端13の外側を、「共通切線と重なるごとくに」定めたものということができる。

したがって、ロ号物件は構成要件Cを充足する。

2  被告の主張

(一) 本件特許出願前の公知技術とイ号物件について

(1) 従来のスライド蝶番において、扉(カップ)が開いていく過程で、外リンクのカップ軸9が閉鎖位置から回帰位置へと回動し、その後それまでとは逆に回動して開放位置に至るという動き方をすることは、本件特許出願前に公知であり、当業者にとって周知のことであった。このようなスライド蝶番において、回帰位置と開放位置の間でカップが急速に跳開することを防止するためには、作動ばねによる外リンクのアーム軸8周りの回転モーメントをゼロにすればよく、そのためにはカップを回転させる作動ばねの力の方向をアーム軸8の中心に向かわせればよい。そこで、当業者は、従来より、回帰位置と開放位置の間において、作動ばねの力を受ける部位(外リンクのカム頭部)の形状を曲率中心がアーム軸8の中心とした円弧とすることにより、作動ばねの力がアーム軸8の中心に向かうようにしてきた。

(2) そのようなスライド蝶番として、株式会社ムラコシ精工(以下「ムラコシ精工」という。)が本件特許出願前である昭和六〇年六月から製造販売していたMF6V7C19型蝶番(以下「ムラコシ蝶番」という。)がある。

① ムラコシ蝶番は、家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを、二個のリンクにより連結し、外リンクのカム頭部を弾圧する作動ばねを備えたスライド蝶番である。

② ムラコシ蝶番は、カップが開いていく過程で、外リンクのカップ軸が閉鎖位置から回帰位置へと回動し、カップが開き切る手前(回帰位置)でそれまでとは逆に回動して開放位置に至るという動き方をする。

③ ムラコシ蝶番は、回帰位置と開放位置の間における外リンクのカム頭部の形状がアーム軸の中心を曲率中心とした半径8.5ミリメートルの円弧で形成され、作動ばねの作動端がカム頭部に当接するとの構成を有することから、作動ばねの弾性力がアーム軸の中心に向かい、カップが開き切る手前で急跳開しない。

④ したがって、ムラコシ蝶番は、本件発明と同一の目的及び作用効果を有するものである。

(3) イ号物件は、ムラコシ蝶番と同一の構成を有している。したがって、イ号物件の製造販売は、単に公知技術を実施しているに過ぎないことになるから、本件特許権の侵害は否定されるべきである。

(二) 本件発明とロ号物件との技術思想等の相違について

本件発明は、回帰位置から開放位置にかけて扉が急速に跳開しないことを目的として、作動ばねの外側が回帰位置と開放位置における外リンクの両カム頭部の共通切線に重なるように装着し、回帰位置と開放位置の間で、作動ばねの弾性力が外リンクのアーム軸の中心に向かうような構成としたものである。

これに対し、ロ号物件は、回帰位置から開放位置にかけて扉が緩やかに、かつ、自動的に跳開することを目的として、両位置の間において作動ばねと当接するカム頭部の形状を大きな曲率半径(約9.0ミリメートル)の円弧とし、その曲率中心をアーム軸8から若干偏心させる構成を採用し、アーム軸8の周りに扉を跳開する方向への小さな回転力を付与したものである。

したがって、ロ号物件は、本件発明と技術思想並びに目的及び作用効果がいずれも相違するから、本件発明の技術的範囲に属さない。

(三) 構成要件Bについて

(1) 本件特許の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明並びに図面に前記1の公知技術を参酌すると、構成要件Bのカム頭部14の形状は、一つの中心を有する円弧を意味するものと解釈される。また、カム頭部14の中心位置は、開放位置と回帰位置に二つ存在するものであり、「カム頭14の中心の位置143と、…カム頭14の中心の位置142と、を特定し」とは、開放位置及び回帰位置のそれぞれにおいて、カム頭部を形成している円弧の中心を特定することを意味するものと解釈される。

(2) イ号物件においては、外リンク3のカム頭部14の形状が曲率半径が約0.5ミリメートル、約0.9ミリメートル及び約6.7ミリメートルの三種の円弧によって形成されており(イ号目録の構造の説明3、第6図の1)、一つの中心を有する円弧によって形成されているわけではなく、したがって、カム頭部14に中心位置を求めることはできない。よって、イ号物件は、構成要件Bの「カム頭部14」を有しない。

仮に、回帰位置と開放位置の間で作動ばねに当接する部分のカム頭部の曲率中心が構成要件Bの「カム頭部14の中心位置」であるとしても、イ号物件においては、回帰位置と開放位置との間におけるカム頭部14の中心位置は、アーム軸8の中心であり、一つしか存在しない。したがって、イ号物件は、構成要件Bの「カム頭部14の中心の位置143と、…カム頭部14の中心の位置142と、を特定」するものとはいえない。

以上のとおり、イ号物件は、構成要件Bを充足しない。

(3) ロ号物件においては、外リンク3のカム頭部14の形状が曲率半径が約1.0ミリメートル、約0.8ミリメートル、約4.5ミリメートル及び約9.0ミリメートルの四種の円弧並びに一個の直線によって形成されており(ロ号目録の構造の説明3、第6図の1)、一つの中心を有する円弧によって形成されているわけではなく、したがって、カム頭部14の中心位置を求めることはできない。

よって、ロ号物件は、構成要件Bの「カム頭部14」を有しないから、構成要件Bを充足しない。

(四) 構成要件Cについて

(1) 構成要件Cの「共通切線16」とは、開放位置及び回帰位置における両押えカム頭部14の共通切線を意味するものと解釈され、構成要件Cは、作動ばね5の作動端13の外側が、右の意味の共通切線16に重なるように作動ばね5を装着するという作動ばね5のばね保持軸15の位置の装着方法を示したものであると解釈される。

(2) イ号物件においては、回帰位置におけるカム頭部14と開放位置におけるカム頭部14は、いずれも回転中心がアーム軸8であり、かつ同軸を中心とする曲率半径約6.7ミリメートルの円弧として重複している。したがって、イ号物件は、回帰位置及び開放位置における両カム頭部14に共通切線が存在しないから、構成要件Cの「両押えカム頭部14の共通切線16と重なるごとく」との要件を充足しない。

(3) ロ号物件においては、開放位置におけるカム頭部14と作動ばね5の作動端13との接点の位置は、回帰位置におけるカム頭部14と作動端13との接点の位置よりアーム軸8寄り(内側)に偏倚している。したがって、ロ号物件は、作動ばね5の作動端13が、回帰位置及び開放位置における両押えカム頭部14の共通切線16と重なるように、作動ばね5のばね保持軸15の位置を定めていないから、構成要件Cの「両押えカム頭部14の共通切線16と重なるごとく」との要件を充足しない。

二  原告の損害額及び時効の成否

1  原告の主張

(一) 被告による被告物件の製造販売は、本件特許権を侵害するものであるところ、本件発明の実施料は、売上高の八パーセントが相当である。

被告による平成四年三月二六日から平成五年一一月三〇日までの間の被告物件の売上高の合計は、三億三四二八万六三五二円であるから、原告が本件発明の実施に対し受けるべき実施料相当額は、二六七四万二九〇八円である。

334,286,352×0.08=26,742,908

(一円未満切り捨て)

被告による平成五年一二月一日から平成一〇年一月三一日までの間の被告物件の売上高の合計は、一三億〇一六二万七五八九円であるから、原告が本件発明の実施に対し受けるべき実施料相当額は、一億〇四一三万〇二〇七円である。

1,301,627,589×0.08=104,130,207

(一円未満切り捨て)

被告は、平成五年一二月一日から平成一〇年一月三一日までの間、右実施料相当額の金員の支払をせずに被告物件を製造販売したことにより同額の利益を得、本件特許権を有する原告は同額の損失を被った。

(二) したがって、原告は、被告に対し、平成四年三月二六日から平成一〇年一月三一日までの間に被告物件を製造販売したことについて、不法行為による損害賠償として右実施料相当額の合計である一億三〇八七万三一一五円の損害賠償請求権を有するとともに、平成五年一二月一日から平成一〇年一月三一日までの間の被告物件の製造販売について一億〇四一三万〇二〇七円の不当利得返還請求権を有する。

よって、原告は、被告に対し、右損害賠償請求権(平成五年一二月一日から平成一〇年一月三一日までの間の行為については選択的に不当利得返還請求権)に基づき、一億〇一〇四万六〇〇〇円(一部請求)及びこれに対する平成一〇年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(三) 平成五年一二月一日から平成七年二月一九日までの間の被告物件の製造販売を理由とする損害賠償請求権が時効により消滅したとの被告の後記主張を争う。

特許権侵害を理由とする差止請求権と損害賠償請求権とは法的に別の権利であるが、差止めに応じないために発生した損害賠償請求権は、差止請求権の満足が得られなかったために生じるもので、差止請求権と経済的連続性、同一性を有するものであるから、差止請求訴訟係属中は裁判上の請求がされているものとして、その間に差止めがされなかったことにより発生した損害賠償請求権の消滅時効は進行しないと解すべきである。原告は、被告に対し、平成五年一二月二七日、本件特許権侵害を理由とする差止めを求めて本件訴えを提起したのであるから、右期間の製造販売行為を理由とする損害賠償請求権については裁判上の請求がされているものとして消滅時効は進行しないと解すべきである。

また、仮にそうでないとしても、被告は本件訴訟において特許権侵害を全面的に争ってきたものであり、消滅時効の主張は特許権侵害を前提とする抗弁であって特許権侵害を否定してきた従来の被告の態度と相反するものであるから、信義則上時効の援用は許されないというべきである。

2  被告の主張

原告の損害及び不当利得に関する主張を争う。

原告は、平成一〇年二月一八日付訴変更(追加)申立書により、被告の平成五年一二月一日から平成一〇年一月三一日までの間の被告物件の製造販売を理由として、実施料相当額の損害賠償請求をしているところ、右訴変更(追加)申立書は平成一〇年二月一九日に被告に送達された。

したがって、被告は、平成五年一二月一日から平成七年二月一九日までの間の被告物件の製造販売を理由とする損害賠償請求権について、民法七二四条に基づく消滅時効を援用する。

第四  当裁判所の判断

一  本件特許出願前の公知技術について

1  証拠(甲二、甲一二の一ないし三、甲一三、乙一〇の一、二、乙一一、乙一三の一、二、乙一四の一、二、乙一八の一、二、検乙九、調査嘱託の結果)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) ムラコシ精工は、遅くとも昭和五九年四月ころから、MF6V7C19型の蝶番を製造販売していた。

(二) 昭和六〇年六月ころに製造販売されていたムラコシ精工の右MF6V7C19型の蝶番(ムラコシ蝶番)は、次の構成を有するスライド蝶番である。なお、以下の部材の番号は便宜上付したものである。

(1) 家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを、外リンクと内リンクの二個のリンクにより連結し、外リンクのカム頭部5を弾圧する作動ばねを備えたスライド蝶番である。

(2) 取付アームとカップを連結するリンクは、外リンクの一端と内リンクの一端が取付アームの内側に、それぞれアーム軸1と2に軸支され、外リンクの他端と内リンクの他端はカップの内側に、それぞれカップ軸3と4に軸支されている。

(3) 両リンク機構の円弧運動によりカップ(扉)が開閉されるが、カップが開いていく過程で、外リンクのカップ軸3は、外リンクのアーム軸1の中心を中心として回動し、カップが開き切る手前(回帰位置)でそれまでとは逆向きに、扉が開き切る(開放位置)まで回動するという、回帰運動をする。

(4) 外リンクのカムのカム頭部5の先端側外周縁は、曲率半径が0.5ミリメートル、1.1ミリメートル及び8.5ミリメートルの三個の円弧によって形成されており、曲率半径8.5ミリメートルの円弧の中心は、外リンクのアーム軸1の中心に一致している。

(5) 扉の開閉に伴う外リンクの回転運動により、カム頭部5が外リンクのアーム軸1を中心として円運動をした場合、回帰位置と開放位置の間において、作動ばねの作動端と接するカム頭部5の先端側外周縁上の全ての点は、アーム軸1を中心とする曲率半径8.5ミリメートルの円弧上にある。

(6) 扉の開閉に伴う外リンクの回転運動により、カム頭部5が外リンクのアーム軸1を中心として円運動をした場合、回帰位置から開放位置の間では、作動ばねの作動端は、カム頭部5の先端側外周縁と一致する曲率半径8.5ミリメートルの円弧と一点で当接し、その動きを停止している。

(三) ムラコシ蝶番は、右(二)の構成により、回帰位置と開放位置の間において、作動ばねの弾性力は外リンクのアーム軸の中心に向かうようにされているので、扉(カップ)が開き切る手前で跳開することはない。

2  なお、証拠(調査嘱託の結果)によると、雑誌「室内」一九八六年六月号(昭和六一年六月一日発行)に掲載されたムラコシ精工の広告には、カム頭部のないスライドヒンジがMF6V7C19型のスライドヒンジの写真として載っていることが認められる。

しかし、証拠(乙一〇の一、二、乙一一)によると、ムラコシ精工の昭和六〇年五月七日付けのMF6V7C19型のスライドヒンジの図面には、カム頭部が記載されているところ、ムラコシ精工では、その図面に記載された製品を同年六月に有限会社草野光正に納品したことが認められること、右写真についてムラコシ精工は「外観がほとんど変わらないため、設計変更前の写真を使用したものと思われます。」と説明しており(調査嘱託の結果)、それ自体不自然不合理な説明とまではいえないことからすると、ムラコシ精工の広告に右のとおりカム頭部のないスライドヒンジの写真が使用されていたからといって、ムラコシ蝶番が右(二)の構成を有するとの右認定を左右するとまでいうことはできない。

3 前記1認定の事実によると、家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを、二個のリンクにより連結し、外リンクのカム頭部を弾圧する作動ばねを備えたスライド蝶番において、扉の回帰位置と開放位置の間での扉(カップ)の急速な跳開を防止するため、回帰位置と開放位置の間において作動ばねの作動端と接するカム頭部の形状を、外リンクのアーム軸の中心を曲率中心とした円弧とするという技術は、本件特許出願前に公知であったものと認められる。

二  争点一(被告物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうか)について

1  イ号物件について

(一) イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するかどうかについて判断するに当たり、まず、本件特許請求の範囲記載のカム頭部の形状について検討する。

(二) 証拠(甲二)によると、本件発明に係る明細書(以下「本件明細書」という。)に次の記載があること、本件発明に係る図面(以下「本件図面」という。)は、別紙図面のとおりであること、以上の事実が認められる。

(1) 産業上の利用分野

「本発明は、スライド蝶番の改良、特に弾撥のためのばねの装着方法を改良に関するものである。」(本件特許の特許公報(以下「本件公報」という。)1欄24行、25行)

(2) 特許の目的又は特許が解決しようとする問題点

「家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを二個のリンクにより連結し、かつ作動ばねを備えた形式のスライド蝶番は、扉の回動とともに、外リンクのカップ軸の中心は、回帰運動を伴った円弧運動をするため、扉を開く場合、扉の開放位置の少し手前で扉を離すと、扉が作動ばねの弾撥力で自動的に開き位置にまで跳開し、隣接する家具や壁を傷付ける、と言う欠点があった。製造の手間やコストを増加させずに、この欠点を無くしようとするのが、本件発明の目的である。」(本件公報3欄26行ないし37行)

(3) 発明の構成又は問題点を解決するための手段

「扉の跳開を防止するためには、外リンクのカップ軸が回帰運動をする間はばねの効き方、即ち作動ばねの力、が最小になるように、ばねを装着すれば良い。」(本件公報4欄3行ないし6行)

「本件発明においては、作動ばね5の作動端13の外側は、カム頭部14の中心が142および143の位置にあるとき、該作動端13の外側がカム頭部14の共通切線16となるごとく、作動ばね5の保持軸15の位置が定められている。」(本件公報4欄35行ないし39行)

(4) 作用

「作動ばね5の入ったスライド蝶番においては、扉は一般に次のごとくに運動する。扉7を開くと、…扉7が開き切る少し手前で、外リンク3のカップ軸9は回帰位置92に到達する。即ち、外リンク3のカップ軸9は、回帰位置92に到るまでは、カム頭部14で作動ばね5の作動端13を圧しながら、作動ばね5の弾撥力に抗して、外リンクのアーム軸8を中心として時計廻り方向に廻って回帰位置92にまで到達する。扉7が更に開いて回帰位置を少しでも過ぎると外リンク3のカップ軸9は全開位置93に向かって反時計廻り方向に運動し始める。

このとき、…従来のスライド蝶番では、作動ばね5の作動端13がカム頭部14を上に押し上げるので、扉7は回帰位置92より開放位置93に向かって自動的に跳開する。」(本件公報4欄41行ないし5欄13行)

「本件発明のスライド蝶番は、…作動ばね5の作動端13の外側は、カム頭部14の両中心位置142、143における両カム頭部に共通切線16をなして圧接しているので、扉7が回帰位置を過ぎた位置で扉7から手を離しても、両中心位置142、143の間では、作動ばね5の作動端13がほとんど動くことがなく、扉7を跳開させるばね18の力が極めて僅かしか掛からないので、従って、扉7が全開位置まで自動的に跳開することもない。」(本件公報5欄19行ないし28行)

(5) 実施例

「本発明の実施に当っては、作動ばね5の作動端13の外側が、カム頭部14の特定位置142、143における両カム頭部14の共通切線16と重さなるように、作動ばね保持軸15の位置を設計段階において定めてある。」(本件公報5欄34行ないし38行)

(三)  右(二)認定の事実によると、従来、家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを二個のリンクにより連結し、かつ作動ばねを備えた形式のスライド蝶番は、扉(カップ)を開く場合、外リンクのカップ軸がアーム軸を中心として回動するが、扉の開放位置の少し手前から回帰運動をするため、作動ばねの弾撥力により扉が自動的に全開位置まで跳開し、隣接する家具や壁を傷付けるという欠点があったこと、本件発明は、右のような扉の跳開を防止することを目的として、外リンクのカップ軸が回帰運動をする間の作動ばねの力が最小になるようにばねの装着方法を改良したものであること、本件発明においては、特許請求の範囲第1項記載のように作動ばねを装着するという構成を採ることにより、回帰位置と開放位置の間では作動ばねの作動端がほとんど動くことがなく、扉を跳開させるばねの力が極めて僅かしか掛からないため、扉が回帰位置を過ぎた位置で扉から手を離しても、扉が全開位置まで自動的に跳開することはないこと、以上の事実が認められる。

ところで、前記一3認定のとおり、本件特許出願以前から、家具本体に取り付けるアームと、扉に取り付けるカップとを、二個のリンクにより連結し、外リンクのカム頭部を弾圧する作動ばねを備えたスライド蝶番において、扉の回帰位置と開放位置の間での扉(カップ)の急速な跳開を防止するため、回帰位置と開放位置の間において作動ばねの作動端と接するカム頭部の形状を、外リンクのアーム軸の中心を曲率中心とした円弧とするという公知技術が存在したのであり、この公知技術を実施したスライド蝶番においては、扉が開き切る手前で扉から手を離しても作動ばねの弾撥力により扉が自動的に跳開することはないものと認められる。

そうすると、本件明細書には特許請求の範囲記載のカム頭部の形状を限定する記載はないけれども、右公知技術を考慮すると、本件特許請求の範囲記載のカム頭部は、回帰位置と開放位置の間において作動ばねの作動端と接する部分が外リンクのアーム軸の中心を曲率中心とした円弧と一致するように形成された形状以外の形状を有するもの(例えば、本件明細書記載の実施例のようなもの)に限定されると解すべきである。

(四)  イ号物件は、「回帰位置(第3図)と開放位置(第4図)の間において、作動ばね5の作動端13と接するカム12のカム頭部14の先端側外周縁上の全ての点は、アーム軸8を中心とする曲率(半径)約6.7ミリメートルの円弧上にある。」(イ号目録の構造の説明5)との構成を有するものであり、これによると、イ号物件のカム頭部14の形状は、回帰位置と開放位置の間において作動ばね5の作動端13と接する部分が外リンク3のアーム軸8の中心を曲率中心とした円弧と一致するように形成されていると認められる。

したがって、イ号物件のカム頭部は、本件特許請求の範囲記載のカム頭部には当たらないから、その余の点について判断するまでもなく、イ号物件は、本件発明の技術的範囲に属するものではない。

2  ロ号物件について

(一) 構成要件Cの充足性について判断する。

(1) 構成要件Cは、「作動ばねの作動端13の外側が、該特定位置143、142における両押えカム頭部14の共通切線16と重なるごとくに、作動ばね5のばね保持軸15の位置を定めて、該ばね5を装着した」というものであるが、右の「共通切線16」とは、「カム頭部14が開放位置と回帰位置のそれぞれにあるときの接触面に対する切線のうち、両位置での共通する切線」を意味し、構成要件Cは、右の意味での共通切線16上に作動ばねの作動端13の外側が重なるようにばねを装着することを意味するものと解釈される。

(2) ロ号物件は、「回帰位置(第3図)及び開放位置(第4図)の間では、作動ばね5の作動端13と当接するカム12のカム頭部14の先端側外周縁の全ての点は、その中心が第6図の2に示すように点P1からP2で上方向に移動する…曲率(半径)約9.0ミリメートルの円弧上」にあり(ロ号目録の構造の説明5)、「曲率(半径)約9.0ミリメートルの円弧の中心が、アーム軸8の中心から図中X軸右方向に約1.3ミリメートル、同Y軸上方向に約0.4ミリメートルずれていることに起因して、開放位置におけるカム頭部14と作動ばね5の作動端13との接点の位置は、回帰位置におけるカム頭部14と作動端13との接点の位置よりアーム軸8寄りに約0.15ミリメートル偏椅する」(同6)との構成を有するものであり、これによると、ロ号物件においては、作動ばね5の作動端13の外側と重なる右(1)の意味での共通切線は存在しないものと認められる。

したがって、ロ号物件は、作動ばね5の作動端13の外側を共通切線に重なるようにばねを装着したものではないから、構成要件Cを充足しない。

(3) なお、原告は、右(1)の意味での共通切線16上に作動ばねの作動端13の外側が重なるようにばねが装着されていなくても、開放位置における作動ばね5の作動端13の外側が形成する切線と回帰位置における作動ばね5の作動端13の外側が形成する切線間の距離が小さく、そのために扉が跳開せず本件発明と同一の作用効果を奏する場合には、構成要件Cを充足する旨主張する(前記第三の一1(三)(3))が、このような解釈は、構成要件Cの文言から採ることができないばかりか、本件明細書には、右の原告が主張するような解釈を許容する旨の記載は全くない(甲二)から、原告の右主張を採用することはできない。

(二) したがって、ロ号物件は、その余の点について判断するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属するものではない。

三  以上の次第で、被告物件は、いずれも本件発明の技術的範囲に属するものではないから、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官森義之 裁判官榎戸道也 裁判官杜下弘記)

別紙物件目録一〜一五<省略>

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